2020年9月2日水曜日

9月の聖書の言葉

 9月聖書の言葉

わたしはあなたがたを友と呼ぶ。

     ヨハネによる福音書15章15節

 

 「わたし」とはイエス様のことです。「あなたがた」はイエス様の弟子たちです。イエス様は弟子たちを招かれました。こうして師匠と弟子の関係が生じます。この関係は変わることはありません。将棋界で脚光を浴びている藤井聡太さんは棋聖(将棋界の8つのタイトルの1つ)になりました。師匠の杉本さんは藤井さんに何も教えることはありません、と言います。藤井さんは杉本さんを友とは言いません。必ず、師匠と呼びます。ところがイエス様は弟子たちを友と呼びます。師匠と弟子の関係ではなく同等の関係だと宣言します。この宣言文だけでは何を言っているのか理解出来ません。この文章の前の13章へと文脈を広げる必要があります。

ヨハネによる福音書13章でイエス様は食事の席で、立ちあがり、たらいに水をくみ、弟子たちの足を洗います。そして、腰に付けていた手拭いで弟子たちの足を拭きます。弟子のペトロはやめてください。そんなことをしてはいけません、と止めます。すると、イエス様は、今はわからないが後で分かると言って、足を洗い、拭きます。

こうして、イエス様は、弟子全員の足を洗います。当時、足を洗うことは奴隷の仕事でした。イエス様は弟子たちの足を洗うことで、一人ひとりを愛していることを示したのです。そして、あなた方も互いに愛し合いなさい、と戒めを与えます。愛し合う。これが神の子イエス様が、神様から与えられた使命でした。今や、弟子たちに互いに愛し合うことを示しました。これ以上、イエス様は弟子たちに何も伝えることがない。神様から与えられた使命を果たした。イエス様の使命を、これから弟子たちが受け継いで行くことが出来る。ですから、「わたしはあなた方を友と呼ぶ。」と言ったのです。神の愛を体験している者にもこの呼びかけの言葉が与えられています。

2020年8月25日火曜日

2021年度新入園児願書提出日

 2021年度 下松幼稚園

新入園児募集願書受付
日時 9月1日(火)午前8時30分より受け付けます。
場所 下松幼稚園事務室

・なお、願書が必要は方は幼稚園においでください。
2021年度入園案内とともにお渡しします。

満3歳児:20名(定員)
3歳児・年少(赤組):9名
4歳児・年中(黃組):若干名
5歳児・年長(緑組):若干名


2020年7月21日火曜日

2学期ナースリーカレンダー

1学期は新型コロナウイルス感染予防対策として
休止しましたが、2学期は次のように予定してい
ます。但し、コロナウイルス対策で予定の変更が
あることをご了承ください。保護者様はマスクを
着用ください。園で消毒液を準備しておりますの
でご利用ください。

2学期ナースリーカレンダー

9月のナースリー予定

9月 9日(水)はじめまして
  16日(水)あそびましょう
  23日(水)そうめんをたべましょう
・従来ですと「流しそうめん」をしていますが、
コロナ対策としてお椀にいれたそうめんを食べます。
  30日(水)おたんじょう会(4月~9月)

10月のナースリー予定

10月 7日(水)おやすみします。
   14日(水)うんどうかいごっこをしよう
   21日(水)おたんじょう会(10月)
   28日(水)入園準備会
   31日(土)バザー

11月のナースリー予定

11月 4日(水)おやすみします。
   11日(水)おやすみします。
   18日(水)えんそく
   25日(水)クリスマスせいさくをしましょう
         おたんじょう会(11月)

12月のナースリー予定

12月 2日(水)クリスマスせいさくをしましょう
         おたんじょう会(12月)
    9日(水)おやすみします。
   16日(水)ナースリークリスマス

2020年6月30日火曜日

7月聖書の言葉


7月聖書の言葉

今日を喜び祝い、喜び躍ろう。 詩編11824

 新型コロナウイルス感染予防対策で家から外に出ることが出来るのは買い物等日常生活にどうしても必要な事だけでした。およそ2ヶ月間、不便な生活をし、525日(月)から小学校や中学校が始まり、幼稚園も自由当園となり、特に、幼稚園では、園児さんたちが喜んだことだと思います。何よりもお友達と会える楽しみがあったと思います。また、お母さんと過ごした日常生活が楽しくて、幼稚園に行くことが億劫になった方もおられたと思います。
 7月の聖句は、今日は喜び祝いの日である、と宣言しています。祭りと言い換えるとご理解できるでしょうか。聖句の前の言葉は「今日こそ主の御業の日」と書かれています。神様が働かれた日であるので、喜び祝い、喜び躍ろう。嬉しくて、心がはじけて、体が動く。まるで、躍り出す。年少のお集まりでピアノの音がすると両手を動かしているお子さんがいました。ピアノの音が琴線に触れて体が動いたのでしょう。喜びや嬉しさは体で表します。躍りだすのです。「今日こそ主の御業の日」の前には「家を建てる者の退けた石が隅の親石となった。これは主の御業、わたしたちの目には驚くべきこと。」と書いています。家をつくる人。建築の専門家です。礎石となる石を捨てた。用いることが出来ない、と。専門家は長年の経験からこの石は建物を建てるにふさわしくないと判断した。ところが、神様は、それを礎石とされた。驚くべきことをなされた。神の働かれた日。喜びの日、ですからお祝いをし、心から楽しみ躍るのです。
 新約聖書に目の見えない人が登場し、近くを通るイエス様のことを知り、大声をあげ続けます。彼は目が見えるようになりたいのです。イエス様は男を呼ぶようにと弟子に言います。弟子が伝えると、目の見えない人は、上着を脱ぎ棄て、躍り上がつてイエス様のところに行きます。イエス様が呼んでくださったことを喜ぶのです。躍り上がるほどでした。

2020年6月9日火曜日

下松幼稚園入園説明会

入園説明会の日程

1学期は2歳児クラス、ナースリールームをお休み
していますが、下記のに日程で入園説明会を開催
します。

◎7月25日(土)午前10時より

場所 下松幼稚園(みんなのへや)

◎8月22日(土)午前10時より

場所 下松幼稚園(みんなのへや)

2020年6月1日月曜日

6月聖書の言葉


あなたがたはそれぞれ、賜物を授かっているのです。

             ペトロの手紙第一410
 私たちの生活は便利になりました。賜物という意味を知りたいと思えば、パソコンやスマホで直ぐに調べることが出来ます。私は教会のお仕事で教会員をお訪ねする時、インターネットで場所を調べて印刷をして行っていましたが、なかなか、目的のお宅に着くことがありませんでした。しかし、スマホのマップでは必ず目的の場所に導いてくれます。
さて、言葉の意味は、一昔前は辞書で調べる事にしていました。新明国語辞典(第五版)によれば「天や神仏からいただいた物。他から受ける恩恵の意にも用いられる。」と書かれています。ドイツ語ではガーベ(Gabe)という言葉が用いられています。意味は贈り物、贈与等が書かれています。マルティン・ルターが自国の人々に自分の国の言葉で聖書を読んでもらうために聖書を翻訳したためにドイツ語が豊かとなりました。それまでは、教会の礼拝はラテン語で読まれ、聴衆は誰も、それを理解することが出来ませんでした。ルターはヘブライ語(旧約聖書)、ギリシア語(新約聖書)で書かれた物を当時の日常語であったドイツ語に翻訳しました。丁度そのころ、印刷技術が開発され、誰もがドイツ語の聖書を読むことが出来るようになりました。人間は誰でもどんな人でも神から賜物を与えられている。それを知って生きることがアウフガーベ(Aufgabe:課題・使命)であると考えられるようになりました。
6月の聖書の言葉は現在に生きる私達にそのことを告げています。賜物。これは目に見ることが出来ません。お母さん、お父さん、お子さん、誰にでも賜物が与えられています。能力や資質や性格等が与えられています。そのことに気づくと、生きることが喜びとなります。毎日を生き生きと生きることが出来ます。子どもたちが遊びを通して、喜んでいる姿こそ、神から与えられた賜物と言えるのかも知れません。遊びという充実した時間を過ごしているからです。遊びを通して五感を発達させているからです。果たして、私にどのような賜物が与えられているのかを考え続けることが、人生を豊かにしてくれるのではないでしょうか。

2020年5月7日木曜日

5月の聖書の言葉


あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。

             イザヤ書43章1節

 新型肺炎コロナウイルス感染予防対策で非日常的な生活を強いられています。日曜祝日の行楽も出来ず、ウィークデーもご自宅に閉じこもりで、保護者の皆様も、園児のみなさんもストレスが溜まっておられるのではないでしょうか。

5月の聖書の言葉は今から2500年ほど前に書かれたものです。著者イザヤは戦争という状況の中でも静かに神の救いを待ち続けることを人々に語ります。今、世界はコロナウイルスとの戦いだと言われています。イザヤの生きていた状況と似ているのではないでしょうか。イザヤは非常事態にあっても安心していました。何故なら、神から、あなた(イザヤ)は神のものである、との呼び掛けの言葉を聞いていました。イザヤの名が呼ばれた。神様がイザヤの名を呼んでくださる。これほど心強いことはありません。また、神はイザヤを見て(神の眼差し)あなたは価高く、貴く、私(神)はあなたを愛している、経験をします。わたし(神)はあなたと共にいる。神が共にいてくださる。このイザヤの経験は、彼だけのものではありません。この地上を歩んだ神を信じる人々の経験でもあります。神が共にいてくださる。神の愛。これは保護者の皆さんはよく理解出来る事柄だと思います。乳幼児はお母なんが目に見えないと不安になり泣いてしまいます。自分を大事にしてくれる人(母)がいない。その人が側にいてくれないと命が保証されない。命の維持の危機を本能的に知るのです。そのために不安になり、悲しくなり、大声で泣きます。鳴き声で、近くに来て、と伝えます。心配して側に来たお母さんの顔を見ると安心します。しかし、お母さんは離れていても我が子のことを考えています。子が乳児、幼児、少年、青年、成人、60歳や70歳になっても我が子にかわりありません。母の子への愛は、神の愛に似ています。あなたはわたしのもの。わたしはあなたの名を呼ぶ。わたしの目にはあなたは価高く、貴く、愛する。心が満たされています。この事に気づくとき、新型コロナウイルス感染予防対策にも積極的になれるのではないでしょうか。