2019年7月3日水曜日

ナースリーだよりⅡ(7月)
















ナースリーだよりⅠ(7月)

今月の聖書の言葉
まことの光が輝いているからです。


ヨハネの手紙一28

太陽の光が強く感じられる季節を迎えました。
明るい光に照らされた山々は緑色を深くして
います。日中に太陽が輝くとは限りません。
曇りの日、雨が降る日があります。しかし、
日中に雲の上には必ず太陽があります。人間
となる以前の人類猿の頃、朝の日の出の時、
光に当たるようにじっとしていたのかもしれ
ません。その名残として日の出の頃に太陽に
手を合わせる行為をしたくなります。そして、
太陽はイエス・キリストへとたとえられて行き
ます。太陽の持つエネルギー。日陰と太陽の光
の当たる場での温度差の違いを肌で感じること
が出来ます。この時期には太陽の光に照らされ
ると暑いので、木陰や物陰を歩きます。しかし、
寒い冬になると太陽の光の当たるところへと出
て行きたくなります。その意味でも太陽の恩恵
は私たちの体の中に蓄積されています。太陽の
動きと共に日常生活を送ることが健康にも良い
ことが分かっています。この私たちの体を包み
込むような太陽としてイエス・キリストがたと
えられます。まことの光として輝いています。
           園長 真砂 良克

園長の言葉(7月)


7月の暗唱聖句 ヨハネの手紙一28


 太陽の光が強く感じられる季節を迎えました。
明るい光に照らされた山々は緑色を深くしてい
ます。日中に太陽が輝くとは限りません。曇り
の日、雨が降る日があります。しかし、日中に
雲の上には必ず太陽があります。人間となる以
前の人類猿の頃、朝の日の出の時、光に当たる
ようにじっとしていたのかもしれません。その
名残として日の出の頃に太陽に手を合わせる行
為をしたくなります。そして、太陽はイエス・
キリストへとたとえられて行きます。太陽の持
つエネルギー。日陰と太陽の光の当たる場での
温度差の違いを肌で感じることが出来ます。こ
の時期には太陽の光に照らされると暑いので、
木陰や物陰を歩きます。しかし、寒い冬になる
と太陽の光の当たるところへと出て行きたくな
ります。その意味でも太陽の恩恵は私たちの体
の中に蓄積されています。太陽の動きと共に日
常生活を送ることが健康にも良いことが分かっ
ています。この私たちの体を包み込むような太
陽としてイエス・キリストがたとえられます。
まことの光として輝いています。太陽はこの天
地が創造された時からありました。

しかし、イエス・キリストは今から約0千年
前にこの地上に表れます。当時の人々に太陽
のような接し方をします。病を負う人を癒し
ます。しかし、為政者たちから排斥されます。
犯罪人として処刑されます。時代はローマの
平和と言われた時でした。初代ローマ皇帝は
兵士を通して道路をつくります。インフラ整
備をします。すべての道はローマに通ず、と
言われる程でした。軍事力により戦争のない
状態を保ちます。河川や山を敵の侵入を防ぐ
防衛線とするために軍隊を駐留させます。こ
うして戦争のない状態を保ちます。
イエス・キリストが生まれ育った地はローマ
の属州として税金を納める必要がありました。
その反動として人々の内面には不満が渦巻い
ていたのです。そのために、イエス・キリス
トは反ローマの指導者として十字架につけら
れてしまいます。十字架で息を引き取り、墓
に葬られます。ところが、死からよみがえら
されます。このことを弟子たちが証しします。
園長 真砂 良克(まなごよしかつ)

2019年6月3日月曜日

ナースリーだより(6月)


息あるものはこぞって、主を賛美せよ。ハレルヤ。
              詩編1506
朝早く園庭ではスズメが数羽囀っています。やがて、
園児たちが登園すると園庭は賑やかな遊びの声が起こ
ります。このような光景を見ると神をほめたたえずに
はおられません。神をほめたたえる具体的な行為は礼
拝です。礼拝で心から神をほめたたえます。神を見た
者はいません。神の独り子であるイエス様は神様がど
のような方かを示してくださいました。イエス様を知
ることは神様を知ることになります。イエス様を私たち
に与えてくださった神様は素晴らしい方だと言うことが、
神をほめたたえることです。ほめることは神さまが素晴ら
しいからです。このように心に思うことを口に出すことが
喜びとなります。喜びは体に力を与えます。
下松幼稚園の子ども達は毎朝「イエス様、イエス様、
おはようございます。今日も一日守られて、楽しく遊び
ましょう。」と賛美しています。イエス様が共にいてく
ださる。どんな時でも何時でも共にいてくださいます。
早朝の園庭の雀の囀りも朝を迎えた喜びと感謝として受
け止めることになります。すると、この地球上の息ある
もの全てが、何らかの形で神を賛美しているのではない
でしょうか。
神を賛美する者は、一日、一日を充実して生きることに
なります。
           園長 真砂 良克

園長の言葉(6月)

聖句 詩編150編6節 
息あるものはこぞって、主を賛美せよ。ハレルヤ。 

 地球の上空は大気圏と言わる目には見えない
空気でおおわれています。空気中の酸素を用い
て息をするものは生命を維持しています。すべ
ての息をするものは主を賛美しなさい、と6月
の聖句は奨めています。ハレルヤとは「主を賛
美せよ」の意があります。同じ文章を繰り返し
ています。息をするものは神を賛美する。春に
は鶯の初鳴きを聞きます。鳴き始めですので、
ホーホケキョ、ケキョ、ケキョ、ケキョ、ホー
ホケキョと鳴くことが出来ませんが、次第に鳴
くようになります。神をほめたたえるように聞
こえます。
2月下旬から3月上旬、光市冠山公園では種々
の梅の花が赤色、白色と咲き乱れます。何処
からともなくメジロの群れが飛来して梅の花
の蜜を食べては囀ります。まるで梅の花が咲
いたことを喜び歌っているようです。自然に
目を向けると感動することばかりです。笠戸
島のはなぐり岩の近辺に沈む茜色の夕日の形
容しがたい光景、美しいと一言で言えないも
のがあります。朝早く園庭ではスズメが数羽
囀っています。やがて、園児たちが登園する
と園庭は賑やかな遊びの声が起こります。こ
のような光景を見ると神をほめたたえずには
おられません。神をほめたたえる具体的な行
為は礼拝です。礼拝で心から神をほめたたえ
ます。神を見た者はいません。神の独り子で
あるイエス様は神様がどのような方かを示し
てくださいました。イエス様を知ることは神
様を知ることになります。イエス様を私たち
に与えてくださった神様は素晴らしい方だと
言うことが、神をほめたたえることです。心
に思うことを口に出すことが喜びとなります。
子ども達は毎朝「イエス様、イエス様、おは
ようございます。今日も一日守られて、遊び
ましょう。」と賛美しています。イエス様が
共にいてくださる。息あるもの全てが、何ら
かの形で神を賛美しています。神を賛美する
者は、一日、一日を充実して生きることにな
ります。

2019年5月18日土曜日

下松幼稚園こひつじの会講演会

こひつじの会 講演会

日時 5月28日(火)10:00~12:00
場所 下松教会(栄町1丁目1ー19)
主催 下松幼稚園こひつじの会
   (下松幼稚園保護者会)
協賛 下松教会
テーマ ミンダナオ図書館のはたらきについて
講師 松居 友(図書館館長)
参加費 無料
   どなたでも参加出来ます。
詳しくは下記案内をご覧ください。

ナースリーだよりⅡ(5月)















ナースリーだより(5月)

ナースリーだより(5月)

聖書 ヨブ記4章3節
天の下にあるすべてのものはわたしのものだ。

 子どもの権利条約がありまず。子どもは
食べる権利があり、寝る権利がある。当た
り前ですが、それらの権利が奪われている
ので。声高らかに叫ばれるようになってい
ます。子どもは親を選ぶことが出来ません
。生れた家庭で育つことになります。親の
所有物でもありません。子どもは授かるも
のと日本でも言われます。子どもを与えら
れたくても得られない方もおられます。
月の聖書の言葉は、わたしたちに「新し
い人間」を与えてくれます。この地球上に
存在するすべてのものはわたしのものだと
言われる方がおられます。「わたし」とは
天地万物を創造された方です。神様と呼ば
れる方です。この神様にイエス様はFアッバ」
と呼びかけます。言葉を発し始めた幼子が膝
に抱かれた父親に向かって全信頼に満ちて
語りかける言葉です。日本語に訳すことは難
しいですが「ちゃん」でしょうか。間近に
いる神として呼びかけます。イエス様はその
ために神の国に生きていました。神様の支配
の中に生きていました。その神様はこの地上
のものはすべて神様のものであると宣言さ
れます。子どもも神様から授けられた存在で
ある。神の目には一人ひとりが貴い。この平
等の思想を私たちに与えてくれます。古い、
古い聖書の言葉が「新しい人間観」を私た
ちに与えてくれます。
          園長 真砂 良克

2019年5月1日水曜日

園長の言葉(5月)

園長の言葉(5月)

聖句 天の下にあるすべてのものは

わたしのものだ。 ヨブ記413


 およそ1カ月が過ぎ、新入園児の皆さん
も幼稚園生活に慣れてきたことと思います。
気持ちの良い気候のもと心も体も成長する
時節を迎えています。もうすぐ大型連休が
始まります。下松幼稚園は今から92年前の
19274月に下松市で最初の山口県知事の
認可幼稚園として誕生します。これまでに
創立記念日を定めていませんでしたが、5
1日を下松幼稚園の創立記念日と定めまし
た。下松幼稚園は、191884日に創立さ
れた下松教会の教会員の祈りによって誕生
しました。爾来、教会と幼稚園は一体とな
ってキリスト教保育を営んで来ました。
 5月の聖句は教会と幼稚園の関係を正し
くさせる文言でもあります。天の下にある
すべてのものはわたしのものだ。この地球
上にあるものすべては神様の所有物である。
あるいは被造物である。天の下のすべての
ものを神様が創造されたと語っています。
子どもは親を選べないと言われます。今日、
子どもの人格について声高らかに言われる
ようになりました。子どもには食べる権利
がある。寝る権利がある。当たり前のこと
ですが、長い間、親の所有物と考えられて
きたものですから、子どもの権利について
語られるようになりました。また、男女平
等についても言われます。それは日本の社
会はなお男性中心主義であることの証でも
あります。聖句は、日本社会がよりよくな
るための言葉とも言えます。また、民主主
義の社会の在り方を表明しています。すべ
てのものは目に見えない神様の所有物であ
る。神の眼差しの中では人は平等である。
神の眼差しにはいかなる差別もありません。
お子さん達がこのような人間観を持つ人に
成長して欲しいと願っています。
          園長 真砂 良克

ナースリーだより(4月)

ナースリーだより(4月)

 下松幼稚園は今から92年前の19274
に下松市で最初の認可幼稚園として出発し
ました。それに先立つ191884日に下
松教会が設立されます。女性の教会員達
が社会的貢献をしたいと願い幼稚園の開
設を祈り求めて下松幼稚園が開設されま
した。キリスト教保育にもとづいて保育
が今日まで営まれています。世界で初め
て幼稚園教育を始めたのはフレーベル
(ドイツ)です。彼はイエスが語った
「神の国」をこの世に実現したいと考え
てキンダー・ガルテン(こどもの庭)と
命名します。ここでは保育をすすめる者
は園丁にたとえられます。園丁は花が咲
くように庭の手入れをします。子どもた
ちがそれぞれの花を咲かせるようにと保
育者がかかわります。
 ナースリールームも、そのような目的
を有しています。キンダー・ガルテンで
時間を過ごして欲しいと開いています。
子育てで一番大変な時を迎えている保護
者の方、また、子ども同士のかかわりの
中から人間関係を身につけるためにおい
でいただければ幸いです。初めて出会う
子ども同士。様々な出来事が起こります。
そのことを楽しんで頂ければ幸いです。
                                
          園長 真砂良克

2019年4月11日木曜日

ナースリー(Ⅰ学期)

ナースリー(Ⅰ学期)のお知らせ

  ナースリーの対象は未就園児となっています。

5月の予定

5月8日(水)10:00~11:30 はじめまして!!
   15日(水)10:00~11:30 あそびましょう
 22日(水)10:00~11:30 あそびましょう
 31日(金)10:00~11:30 体を動かしてあそびましょう
              誕生会(4,5月)
                通常は水曜日に開催していますが、この日は
    金曜日です。ご注意ください。

6月の予定

6月5日(水)10:00~11:30 入園説明会
 12日(水)10:00~11:30 ミニ音楽会
 19日(水)10:00~11:30 夏あそび・七夕制作
 26日(水)10:00~11:30 夏あそび・七夕制作
              誕生会(6,7月)

7月の予定

7月5日(金)10:00~11:30 星の子まつり
   10日(水) 10:00~11:30 プール
 
 あくまでも、予定です。変更になるかもしれません。
変更する場合はこのホームページでお知らせします。
 11:30にプログラムは終了しますが、12:00までは
園庭で自由にお遊びいただいてもかまいません。


2019年4月8日月曜日

園長の言葉(4月)

聖句解説

喜び楽しむものとして イザヤ書6518


 2019年度の歩みが始まりました。昨年からの在園児
の方々はそれぞれ進級し、赤組に新入園児をお迎えす
ることになりました。一人ひとりが喜びをもって進級
と新入園することになりました。ただ、新入園される
お子さん達や保護者の方々は不安も大きい事かと考え
ます。これまで何時も保護者の方と生活を共にしてい
た環境から、誰も知らない幼稚園に通うことになるお
子さんの心の中は複雑です。まさに、泣きたくなり、
泣くのです。泣くのは当たり前のことです。そこで保
護者の方への幼稚園からのお願いは、大丈夫だからと
言い聞かせて「お子さんを送り出してくださる。」こ
とです。もし、保護者の方に泣いているお子さんが可
哀そうだと考えると、心の中に不安が渦巻いているお
子さんはそのことを敏感に感じて、幼稚園に行きたく
ないと考えます。そこで大丈夫だと送り出して欲しい
のです。クラス担任や補助教諭が上手に対応します。
毎年、新年度に生じる現象です。お子さんが泣かれる
ことを前提にしています。進級されるお子さん達は早
く幼稚園が始まらないか、又、お友達に会って一緒に
遊びたいと待っていたことでしょう。さらに、担任が
誰なのかも関心を持たれていたと思います。始園式が
終わり、いよいよ幼稚園の新年度が始まり、お子さん
たちは喜び楽しむことになります。4月の聖書の言葉
は新年度の始まりに相応しいです。神が新しい天と地
を創造するので喜び楽しみなさい。はじめに神は天と
地を創造します。この地球上の全てのものを存在させ
ます。山も丘も海も川も、海の中で生きるもの、空の
鳥も、地上の生きものも、神が見て全て良かった。と
ころが人間が自然を破滅させようとします。そこで神
は再創造する。新しい天と地を。この地上になされる。
人間の責任として、生きとし生けるものを全て、木々
も含めて保全する課題を負っています。人間の責任を
全うすることで喜び楽しむことになります。なんと壮
大な展望を与えられることでしょうか。
               園長 真砂 良克

2019年3月4日月曜日

園長の言葉(3月)

暗唱聖句

わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。
           マタイによる福音書28章20節

 2018年度の最後の月を迎えました。これまでの保護者
の皆様の下松幼稚園へのご協力に感謝を申し上げます。この
月に緑組園児の卒園式を行います。思えば2016年4月に入園
された方々と、また中途から入園された方々と共に下松幼稚
園で時間と空間と触れ合いを共有してこられた恵みを神様に
感謝します。入園式の写真の一人ひとりの顔と現在の成長さ
れた姿を思い浮かべますと時間の流れの速さを感じます。3
年間が一瞬のうちに経過したように感じられます。20184
月から園長になりました。緑組になったある園児さんは私に
「ぼくしせんせいがどうしてえんちょうになったの」と尋ね
ました。幼稚園の門では、園児が赤組の時、黄組の時にも女
性の園長先生が出迎えてくれました。ところが緑組になって
見ると、門前には男である私が園長として朝のお迎えをして
いる。それまでの2年間はぼくしせんせいであったのに。数
回、私に尋ねてくれました。そこで、幼稚園の門を入り、園
庭にいる時は園長、幼稚園の門を出て道路に出ると牧師にな
るのです、と説明すると納得されたのか、それ以後は尋ねる
ことがありませんでした。桃組、赤組、黄組の園児さん達は
、緑組さんとお別れする日が近づいています。年下の園児さ
んにとって緑組さんは憧れの存在です。模倣するためのモデ
ルとなってくださいました。私たちの地上での生活は出会い
と交わりとその深まりと、別れがあります。幼稚園を卒園さ
れ小学校に入学されることはとても嬉しいことです。しかし、
送る側には少し寂しい思いがいたします。
 ところで、3月の暗唱聖句は、寂しさや悲しさを越えさせ
る力を有する言葉です。世の終わり。これは私たちの住む世
界の終わりを意味します。私たちの住む地球は誕生しました。
そのために何時かは消滅する時が来ると言われています。そ
の時まで。イエス・キリストが共にいてくださるとの約束の
言葉です。緑組の園児が演じたページェントはイエス様の誕
生物語でした。一言で表現するとインマヌエルの出来事です。
「神が我々と共にいてくださる」との良き知らせです。目に
は見えないイエス様が下松幼稚園にいつもいてくださいます。
イエス様の誕生は、神が私達と共にいてくださるとの約束で
す。神の子であるイエス・キリストが世の終わりまで共にい
てくださる。これほど心強くさせてくれる言葉はほかにあ
りません。  
                 園長 真砂 良克

2019年1月30日水曜日

ナースリーだより2月Ⅱ














ナースリーだより(2月)

聖書の言葉

喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。

       ローマの信徒への手紙1215

 幼児保育に関わりを持った当初、男の子が
泣いていると「男の子は泣かないのだよ」と
語りかけていました。知らずに身についた社
会的な感覚です。しかし、幼児保育の現場で
はありのままに受け入れており、私の考えは
古いことに気づき、男の子も悲しい時には泣
いていいのだと考えるようになりました。幼
児保育の現場にいると様々な気づきを与えら
れます。年少、年中のクラスではそれぞれ金
魚を2匹水槽で飼っていました。前後して、
年少のクラスの金魚1匹、年中のクラスの金
魚1匹が死んでしまいました。時間と空間を
共有したクラスの子どもは、死んだ金魚を
「夢の家」(園庭内にある小さな建物)の下
の土中に埋葬し、神様にお祈りをしました。
人を見ると口を大きく開けて餌を求めて水面
まで出てくる金魚がいなくなった悲しみを覚
えました。
 また、117()にはお餅つきを園庭で
行いました。お友達が重い杵でお餅をつく時
「いちに」「いちに」「がんばれ」がんばれ」
と声を合わせて応援する姿が見られました。
お餅つきは人々を元気にさせます。19951
17日に起こった阪神淡路大震災の年末、被災
された方々のために餅つきが行われました。
家を失い意気消沈された方々は餅つきに参加
して元気を与えられたと聞きます。
                園長 真砂 良克

園長の言葉(2月)

暗唱聖句

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい。」
         ローマの信徒への手紙1215

 新しい年もはや一か月が過ぎました。「少年老い
易く学成り難し、一寸の光陰軽ろんずべからず」の
ごとく、幼稚園では緑組を小学校に送り出すために
励んでいます。黄組や赤組や桃組の園児さんにとり
緑組さんは憧れの存在です。自分たちが緑組になっ
た時に思い起こして真似ることになります。真似る
ことは学ぶことになります。こうして良き伝統が引
き継がれて行きます。幼稚園で何を真似るのでしょ
うか。2月の聖句にあるように、他者と共に生きる
ことにあります。喜ぶ人と共に喜ぶ。これはなかな
か難しいことです。今から24年前の1995117
早朝、阪神淡路大地震が起こりました。被災された
人たちが大勢おられました。その年の年末に「おも
ちつき」が行われました。これからの将来について
楽観出来ない人々がおもちつきに加わり居場所のあ
ることを確認されました。もちをつく人、もちを握
人、食べる人、もちつきに参加された人たちは喜
を覚えました。
 特に教会関係の人々がもちつきを支援します。も
ちつきは誰もが楽しく行うことが出来ます。年老い
た人から若者、子どもに至るまで参加出来ます。20
11311日、東日本大震災が起こります。悲しん
でいる被災者の方々を喜ばせたいと願って、その年
末に西宮からもちつき隊が東日本の被災地に向けて
出向きます。ワゴン車に竃、釜、薪、蒸し器、臼、
杵を積んで出かけました。もちつき隊からの献金の
呼びかけに所属していました教会と幼稚園で答えま
した。悲しむ人々に元気になってほしいとの願いか
らでした。泣くこと。幼児保育に関わった当初、泣
いている男の子を見ると、「男の子は泣かない。」
と平気で言っていました。悲しいから泣く。悲しい
気持ちは、生き物の死で生じます。赤組、黄組、そ
れぞれ一匹の金魚が死にました。共に過ごした園児
たちはそれぞれ夢の家の下の土中に埋めました。こ
うして、喜ぶ人と共に喜び、悲しむ人と共に悲しむ
ことを身につけて行きます。
               園長 真砂良克

2019年1月8日火曜日

ナースリーだよりⅡ(1月)


ナースリーだより

聖書の言葉

「もとめなさい、そうすれば、あたえられる。」

        マタイによる福音書7章7節

 新しい年を迎え、お喜びを申し上げます。
新しい年もよろしくお願いいたします。
 大晦日は特別な思いがいたします。過ぎ
し日を顧み、新しい年への思いがあふれ出
てきます。
 昨年の大晦日の午前中に園庭で餅をつき
ました。
幼稚園には餅をつく道具がそろっていま
す。お正月に備えて餅をつきたいと餅米
3キロを購入していました。前日に餅米
を水に漬けておきました。大晦日に幼稚
園の園庭で前日水に漬けていた餅米を蒸
し器に入れ、移動式竈(かまど)で火を
焚き、お釜に水を入れ、蒸し器を乗せ、
45分程蒸して、杵で餅に仕上げました。
何から何まで独りで行いました。子ども
のころから餅つきを手伝っていましたが、
ただ、つくだけで、前日から準備するこ
とはありませんでした。
ナースリーでは今年度は餅を造ることは
ありません。次年度には餅米から餅にな
るまでをお子さんたちに見ていただきた
いと願っています。見る、触る、食べる。
当たり前のことが避けられて行きます。
求める。私達人間が本当の人間になるよ
うに求める。そうすれば、与えられる。
昔から大切されて来たことには、それま
での知恵が込められています。子ども達
にとり基礎となるようなことを体で経験
することをナースリーでは追い求めたい
と願います。           
         園長 真砂 良克

園長の言葉(1月)

暗唱聖句

「もとめなさい、そうすれば、あたえられる。」

         マタイによる福音書77


新しい年を迎え、お慶び申し上げます。
3学期が始まります。3学期も園の歩みに
ご協力をお願いします。
朝日新聞の天声人語に次のような記事が
ありました。1年でいちばん好きな日は、
たぶん大晦日だと思う。作家の津村記久
子さんがエッセーにそう書いている。
 お正月はとても楽しい。けれども2日
はもうただの休みだし、3日なんか明日
から会社かと、げんなりする。しかし、
大晦日は違う。「待つ」ことの楽しさが
凝縮されているのだ。人間には、二通り
の時間の感じ方がある。一つは、未来に
向かって直線に進んで行く時間。もう一
つは、毎年毎年循環する時間である。こ
の記事を読んで大晦日をクリスマスに置
き換えて考えました。クリスマスまでを
子どもたちと待ち望みました。一日、一
日と待ち望みました。そして、クリスマ
スの日(1214日)を、喜びを持って迎
えました。
私の場合は教会との関係で1223日、24
日もクリスマスをお祝いしました。クリ
スマスも循環します。今年も巡って来ま
す。
ドイツのお菓子にバウムクーヘンがあり
ます。とても、美味しいものです。バウ
ムは木を、クーヘンはケーキを意味しま
す。木のケーキ。木の年輪を模していま
す。日本の木の年輪は寒暖の差から生じ
ます。毎年、毎年、クリスマスを迎えま
す。木が毎年成長するように、クリスマ
スを迎える度に神様を信じる思いを強め
られて行きます。
さて、私は昨年の大晦日には園庭で餅つ
きをしました。子どものころから1年に2
回ほど餅をついていました。もち米は自
家製でした。餅をつく楽しさを子ども達
にも経験してほしいと思います。自分た
ちがついた餅を食べる。美味くないはず
はありません。餅米が餅になる過程を見
て、触り、食べる。どんどん身の回りか
ら消えて行く日本の伝統の行事を、子ど
もたちに伝承したいと願っています。
         園長 真砂 良克